2023ノーベル生理学・医学賞について


Katalin Karikó (カタリン・カリコ) 教授及び Drew Weissman (ドリュー・ワイスマン) 教授のノーベル生理学医学賞受賞にあたって


Katalin Karikó 教授と Drew Weissman 教授が、mRNAワクチンの開発への多大な貢献が認められ2023年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。心からのお喜びを申し上げます。

新世代感染症センターでは、世界のトップレベルの研究者が力をあわせて、感染症対策、ワクチン開発に臨んでおり、国内だけでなく海外機関とのネットワークによる協力体制を構築して研究を進めています。

Drew Weissman 教授もその一人であり、海外連携研究グループの研究協力者として、指導・助言をいただいております。

Katalin Karikó 教授と Drew Weissman 教授の栄誉を心よりお祝いするとともに、今後の本機構におけるワクチン開発研究を一層推進し、「世界を感染症から守る」ことに大きな貢献ができるよう、一層の努力を重ねていきたいと思います。


                                                                    東京大学国際高等研究所

                                                                   新世代感染症センター機構長

                                                                   河岡義裕

2023ノーベル生理学・医学賞についてさらに知りたい人のために 

(プレスリリースを参考にした、日本語の要約です。)

プレスリリースはこちら  Press release. NobelPrize.org. Nobel Prize Outreach AB 2023. Wed. 4 Oct 2023.
https://www.nobelprize.org/  © The Nobel Assembly at Karolinska Institutet

2023年のノーベル生理学・医学賞は
カタリン・カリコとドリュー・ワイスマンが共同で受賞しました。

 受賞理由
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する効果的なmRNAワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾に関する発見

ノーベル賞受賞者のカタリン・カリコとドリュー・ワイスマンは、新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチンの開発に多大な貢献をしました。


彼らは、mRNAが免疫系とどのように相互作用するかについて、私たちの理解を根本的に変える画期的な発見を成し遂げました。 2020年初頭に始まったパンデミックは、現代の人類の健康に対する最大の脅威のひとつとなりましたが、彼らの発見のおかげで、ワクチンの開発が記録的な速さで実現しました。

パンデミック前のワクチン

ワクチンを接種することで、私たちは特定の病原体に対する免疫を獲得することができます。その病原体に曝された際、私たちの体は病気との戦いで有利なスタートを切ることができるのです。

弱毒化または不活化された全 ウイルスに基づくワクチンは、以前から利用されていて、ポリオ、麻疹、黄熱病に対するワクチンがその例です。1951年、Max Theiler は黄熱病ワクチンの開発によりノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

ここ数十年の分子生物学の進歩により、ウイルスそのものではなく、ウイルスの成分をもとに作ったワクチンが開発されるようになりました。 通常、ウイルス表面にあるタンパク質を、ウイルスの遺伝情報をもとに作成しワクチンとして用いることで、ウイルスの侵入を防ぐ抗体の産生を促します。例としては、B型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルスに対するワクチンがあります。 

あるいは、ウイルスの遺伝コードの一部をベクター(無害な運び屋ウイルス)に組み込む方法もあります。この方法はエボラウイルスに対するワクチンに使用されています。ベクターワクチンを注射すると、選択したウイルスタンパク質が細胞内で生成され、標的ウイルスに対する免疫応答を促します。

全ウイルス、ウイルスタンパク質、およびベクターを使用したワクチンを製造するには、大規模な細胞培養が必要となります。そのため、アウトブレークやパンデミックの対応に必要となる迅速なワクチンの製造は難しいのです。 

研究者たちは長い間、細胞培養に依存しないワクチン技術の開発を試みてきましたが、これは簡単な道のりではありませんでした。

新型コロナウイルスによるパンデミックが起こる前のワクチンの製造方法
© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén 

https://www.nobelprize.org/
© The Nobel Assembly at Karolinska Institutet

mRNAワクチン:有望なアイデア

私たちの細胞では、DNA にコードされている遺伝情報がメッセンジャーRNA (mRNA) に転写され、タンパク質を作るためのテンプレートとして使用されます。1980 年代に、細胞培養を行わずに mRNA を人工的に効率よく生成する方法 ( in vitro転写) が導入されました。

これにより、分子生物学を応用した技術開発が加速され、mRNA技術をワクチンや治療目的に利用するというアイデアも浮上しました。

 ただ、in vitro転写で作成されたmRNA は不安定でデリバリーが難しく、それを解決するためにはmRNAを包む高度な脂質キャリアシステムが必要となります。 

さらに人工的に合成されたmRNAを投与すると体内で炎症反応が引き起こされることもありました。そのため臨床目的で mRNA 技術を開発することに興味を持つ人はあまり多くはありませんでした。 

そうした困難にもかかわらず、ハンガリーの生化学者カタリン・カリコはmRNAを治療に使用する方法の開発をあきらめることはありませんでした。ペンシルバニア大学の助教授だった 1990 年代初頭、研究資金提供者に自分のプロジェクトの重要性を理解してもらう困難に直面しながらも、彼女は mRNA を治療薬として実現するというビジョンを貫きました。

 ペンシルバニア大学で、彼女は新しい同僚、免疫学者のドリュー・ワイスマンと出会いました。ワイスマンの興味の対象は樹状細胞。免疫監視とワクチン誘発免疫反応の活性化に重要な役割を果たす細胞です。

 お互いのアイデアに刺激され、やがて二人の研究協力が始まりました。異なる種類の RNA が免疫系とどのように相互作用するかに焦点を当てた研究です。 

ブレークスルー 

カリコとワイスマンは、樹状細胞がin vitroで転写されたmRNAを異物として認識し、それが樹状細胞の活性化と炎症性のシグナル伝達分子の放出につながることに気づきました。研究者らは、哺乳類の細胞の mRNA はそうした反応を引き起こさないのに、なぜ in vitro で転写された mRNA が外来のものとして認識されるのか疑問に思いました。カリコとワイスマンは、異なる種類のmRNAを区別するなにか重要な特性が存在するに違いないと確信しました。 

RNA には、A、U、G、C と略される 4 つの塩基が含まれていて、これらはDNAの遺伝暗号A、T、G、C に対応しています。カリコとワイスマンは、哺乳類の細胞からの RNA の塩基は頻繁に化学修飾されるが、in vitro で転写された mRNA にはそうした修飾がないことを知っていました。彼らは、 in vitroで転写された RNA には塩基の修飾がないことが、望ましくない炎症反応を起こしているという可能性を検討しました。

彼らは塩基に異なる化学修飾をもつさまざまな mRNA 変異体を生成し、それを樹状細胞に投与しました。その結果は驚くべきものでした。mRNA に塩基修飾があると、炎症反応がほぼ消失したのです。これは、細胞が異なるタイプのmRNA をどのように認識し、応答するかについて、私たちの理解を根本的に変えるものでした。

カリコとワイスマンは、自分たちのこの発見が、mRNA を治療用に使用する上で、とても大きな意味を持つことに気づいていました。これらの画期的な研究成果は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こる 15 年前の 2005 年に発表されました。 

2008年と2010年に発表された論文で、カリコとワイスマンは、塩基修飾を加えて生成されたmRNAを投与すると、未修飾のmRNAと比較してタンパク質生産が著しく増加することを示しました。この影響は、タンパク質生成を調節する酵素の活性化が抑えられたことによるものでした。カリコとワイスマンは、塩基修飾が炎症反応を低下させ、同時にタンパク質の産生を増加させるという発見を通じて、mRNAの臨床応用への障害を取り除き、大きな一歩を踏み出しました。 

mRNAには、A、U、G、Cと略される異なる4つの塩基が含まれています。カリコとワイスマンは、塩基修飾されたmRNAを細胞に投与すると、炎症反応の活性化(シグナル伝達分子の分泌)を阻止し、タンパク質の産生を増加させることを発見しました。
© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karl 

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mRNAワクチンの実現

mRNA 技術への関心が高まり、2010 年には数社がこの手法の開発に取り組みはじめ、ジカウイルスとMERS-CoVに対するワクチンの開発が進行していました。後者は 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2) と密接に関連するウイルスです。新型コロナウイルスによるパンデミックの発生後、2種類のmRNA ワクチンが記録的なスピードで開発されました。これには、新型コロナウイルスの 表面タンパク質をコードする、塩基修飾されたmRNAが使われています。約95%の予防効果が報告され、2種のワクチンは2020年12月に早くも承認されました。 

mRNAワクチンは驚くべき柔軟性とスピードで開発することができ、新型コロナ以外の感染症に対するワクチンへの応用も期待されています。

 将来的には、この技術によって治療用のタンパク質を体内に届けて、一部のがんの治療にも使用できる可能性があります。

新型コロナウイルスに対するワクチンは、mRNAワクチン以外の異なる種類のワクチンも急速に導入され、これまでに世界中で130 億回以上、ワクチンが接種されました。これらのワクチンは何百万人もの命を救い、さらに多くの人々の重症化を予防し、社会が日常をとり戻すことを可能にしました。今年のノーベル賞受賞者は、mRNA における塩基修飾の重要性に関する基本的な発見を通じて、私たちの時代における最大の健康危機において、この革新的な発展に大きく貢献しました。 

参考になる情報

Key publications

Karikó, K., Buckstein, M., Ni, H. and Weissman, D. Suppression of RNA Recognition by Toll-like Receptors: The impact of nucleoside modification and the evolutionary origin of RNA. Immunity 23, 165–175 (2005).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16111635/

Karikó, K., Muramatsu, H., Welsh, F.A., Ludwig, J., Kato, H., Akira, S. and Weissman, D. Incorporation of pseudouridine into mRNA yields superior nonimmunogenic vector with increased translational capacity and biological stability. Mol Ther 16, 1833–1840 (2008).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18797453/

Anderson, B.R., Muramatsu, H., Nallagatla, S.R., Bevilacqua, P.C., Sansing, L.H., Weissman, D. and Karikó, K. Incorporation of pseudouridine into mRNA enhances translation by diminishing PKR activation. Nucleic Acids Res. 38, 5884–5892 (2010).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20457754/

さらに知りたい人のための情報

Advanced information. NobelPrize.org. Nobel Prize Outreach AB 2023. Thu. 5 Oct 2023. <https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2023/advanced-information/>